パラグアイでのコパ・スダメリカーナ準々決勝。ボカのサポーターが乗るバスへの投石を見て驚いた。

パラグアイ

DAZN

パラグアイのホテルで遭遇したアルゼンチン人の有名実況

2014年10月24日朝、パラグアイのシェラトン・アスンシオンのロビー。

自分と雑談をしていた取引先の担当者が、突然自分に小声で言った。「バンビーノ・ポンスだ」

「バンビーノ・ポンス?」自分は彼が何を言っているかわからなかった。「バンビーノ・ポンスって何ですか?」

取引先の担当者が言った。「フォックス・スポーツ(FOX SPORTS)の有名実況者だよ。パラ・ケ・テ・トラーヘ(Para que te traje)っていうのが彼の有名フレーズのひとつだ。聞いたことない?」

<バンビーノ・ポンスのパラ・ケ・テ・トラヘ。決定機を逃したプレーの後に使用される>

普段は日本に住んでいてフォックス・スポーツを見れない自分は、首を横に振った。「知らないですね」

すると、取引先の担当者は、バンビーノ・ポンスという名前らしい細身の男性に向かって、気軽に話しかけた。「オラ、バンビ。調子はどうだい?ここにいる彼は日本人で、パラグアイに仕事で来ていて、昨日の試合も観に行ったんだ」

<バンビーノ・ポンスの写真。Instagramより>

 

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すると、バンビーノ・ポンスが自分に向かって言った。「昨日の試合を見に行ったのかい?自分はあの試合を実況していたんだよ。なかなかいい試合だったよな」

「そうですね。とても熱い試合でした」

コパ・スダメリカーナ準々決勝 セカンドレグ

2014年10月23日夜。

取引先から招待され、パラグアイで開催のコパ・スダメリカーナ準々決勝をスタジアムに観に行くことになった。

対戦カードはパラグアイのデポルティーボ・カピアタ vs アルゼンチンのボカ・ジュニオルス。

取引先はパラグアイの名門オリンピアのファンが多く、自分とスタジアムまで同行してくれた人もオリンピアファンだった。
けれど、興味深い一戦だということで、取引先が試合観戦をアレンジしてくれた。

アルゼンチンのボカ・ジュニオルスはアルゼンチンの有名チームだからもちろん知っていた。ボンボネーラにも何度か試合を観に行ったことがある。

けれど、デポルティーボ・カピアタのことは知らなかった。

デポルティーボ・カピアタ (Deportivo Capiatá)

デポルティーボ・カピアタは、パラグアイの首都アスンシオンにほど近いカピアタ市をホーム・タウンにするサッカークラブで、ユニフォームの色は黄色と青、設立は2008年という新しいチームだった。

2008年に設立されたという新しく、おそらく予算規模もそこまでないであろうクラブが2014年のシーズンに強豪クラブが競うコパ・スダメリカーナの準々決勝までたどり着いたのはセンセーショナルな出来事だった。

しかも、準々決勝の相手は、南米では知らない人がいないアルゼンチンの名門ボカ・ジュニオルス。ボカのホームスタジアムであるボンボネーラで開催の第一戦では、完全アウェイの環境下で、カピアタはボカを0-1で破っていた。

そして迎えたセカンド・レグ。
デポルティーボ・カピアタは、ボカジュニオルスをホームに迎えることになった。

しかし、カピアタは自らのホームスタジアムでなく、首都アスンシオンにほど近いのルケ市にホームを構える(アスンシオンの国際空港は、実際にはルケ市の住所となっている)パラグアイの別チームで、カピアタと同じく黄色と青を基調とするチームカラーの、スポルティーボ・ルケーニョのスタジアムで試合をすることになっていた。

(ちなみに、以前パラグアイ代表GKとして有名だった、ホセ・チラベルトはルケ市出身で、スポルティボ・ルケーニョでプロのキャリアを始めている)

詳しい背景はわからないが、カピアタのスタジアムが南米サッカー協会主催の大会を開催する基準を満たしていないとか、カピアタが、自らのスタジアムよりも多くの集客(チケット収入)を見込め、かつカピアタ市から近いスタジアム使用を求めたとか、そういうことだと思う。

スタジアムへの道中 バスへの激しい投石の音が聞こえた

自分に同行してくれた取引先の人は、スタジアムから少し離れた場所に車を止めた。
すると、クイダ・カーロ(Cuida Carro。直訳は車への注意。駐車した車を見張るという名目で、車のオーナーからのチップを期待する人たち)が寄ってきて、取引先の人に一言ふたこと声を掛けた。自分は何を言っているのか、聞き取れなかった。

パラグアイのクイダ・カーロの人たちは、スペイン語ではなく先住民族の言葉グアラニ語を優先して使用する人が少なくない。
そのため、日本人の自分はクイダ・カーロの人たちが何を言っているのか、さっぱりわからない、という経験をパラグアイで何度かしたことがある。

決して華やかとは言えないルケ市の夜道をスタジアムへ向かい歩いていると、Flecha Busとデカデカと書かたアルゼンチンの観光バスが横を通った。

バスのなかにはアルゼンチンから来たであろう大勢のボカ・ジュニオルスファンが乗っていた。

パラグアイはアルゼンチンと同じ大陸で国境を接した隣国同士だ。
とはいえ、ボカのファンは、長距離用の大型バスで来ているくらいだから、パラグアイのアスンシオンすぐ隣の、アルゼンチンのクロリンダ市など近郊都市から来たのではなく、おそらくボカの本拠地があるブエノス・アイレスから来ていたはずだ。

南米の人たちは、バスや車で長距離の移動をすることが普通とはいえ、ブエノス・アイレスから距離で言うと1,200-1,300km以上、時間で言うと、15時間から16時間、休憩や渋滞を含めると、更にそれ以上の時間をかけて来たことになる


そこまでの時間をかけて、アルゼンチンからバスでボカの応援に来るなんて、すごい熱だなあ、と思った瞬間、自分が歩いていた少し先で突然「ドスン!」という大きく鈍い音が鳴り響いた。

驚いた自分は、音がした方角を見た。

すると、もう一度「ドスン」と鈍く大きい音がした。

そして、その次の瞬間若い女性の叫び声がした。彼女は若い男性に向かい怒りを込めて悲痛な叫びをしていた。「あんたはなんてバカなことをしたの!?なんでそんなことをするの?バスに向かって石を投げるなんて、信じられない!」

そして、その女性の叫び声の後、若い男と女性は、どこかへ走り去っていった。

一連の出来事が起こったのは、ボカの対戦相手のカピアタのホームタウンではなく、ルケ市だった。叫び声を上げた女性も、投石をした男性もカピアタのチームカラーが入った服や応援グッズを身に付けていなければ、サッカースタジアムへ目指して歩いているという雰囲気でもなく、自宅近所でぶらぶらしているといった感じだった。

だから想像するに、石を投げた若い男性と、叫び声を上げた女性はルケ市の地元住民だったと思われる。おそらく、カピアタでなく、ルケ市を拠点とするスポルティーボ・ルケーニョを応援している人たちであろう。

カピアタのファンが、対戦相手のボカのファンを突然攻撃したという構図は考えづらかった。
また、パラグアイは日本よりは危険で路上強盗などもあり得るとはいえ、他の南米諸国と比べればおっとりした人が多く、他の南米諸国よりも特別に治安が悪いというわけではない。

自分は少し前のことを思い出した。

バスのなかの何人かの若いアルゼンチン人たちが、何かを小馬鹿にしたような、ニヤニヤとした表情でバスの外の景色を見ていた。

そして、何が起こったのか、だいたいの予想はついた。

アルゼンチン人

アルゼンチン人は、実際に話すと気さくで、人として良いやつが多い。
アルゼンチンは、国としても魅力的だ。

日本人の自分は、アルゼンチン人全般に対して悪い印象はないし、むしろアルゼンチン人も、アルゼンチンという国も好きだ。

けれど、南米において、アルゼンチン人は、嫌われることが多い。

理由は、「(国民のほとんどがヨーロッパからの移民の子孫である)自分たちは、他の中南米諸国の未開な生活をしている奴らとは違う。俺たちは、先進的なヨーロッパ人だ」という態度を出したり、訪問先の外国であっても平気で現地の人たちをバカにしたりするからだ。

たとえば、カピアタ vs ボカの試合の数ヶ月前に開催されていた2014年のワールドカップ観戦のために、ブラジルを訪れていた多くのアルゼンチン人たちは、ブラジル人が多くいる公共の場でも、大声で地元のブラジルを侮辱する歌を歌い、地元ブラジル人の怒りをかっていた。

おそらく、バスのなかのアルゼンチン人たちは、バスの外にいた地元パラグアイの人たちを侮辱するような表情やジェスチャーを見せたのだろう。

そして、それに怒ったパラグアイ人が、そのバスのなかのアルゼンチン人を目掛け、石を投げたのだろう。

もちろん、真相は石を投げた本人に聞かないとわからない。
けれど、自分の予想は間違っていないと思う。

そして、何はともあれ、バスに向かって石が投げられるという光景は、南米では起こり得ると頭でわかっていても、実際のその現場を見ると、普段日本に住む自分にとってはショッキングな出来事だった。


スタジアム到着

スタジアム入り口近くに着くと、警備をしていた警官が、外国人だからという理由で自分に、難癖をつけるようなことを言ってきた。
身分証となるパスポートを持参していたし、正規で購入されたチケットも持っているし、やましいところは何もないはずだった。

すると、同行してくれた取引先の人が、ニコニコしながら警官に向かって話しかけると同時に握手をし、小額紙幣を警官の手に握らせた。

すると、警官はニヤリと笑い、自分に向かって「どうぞ。行ってください」と言った。

取引先の人は、笑いながら自分に向かい「ここはラテンアメリカだから(こういうことも起こり得る)」と言った。

試合は延長でも決着がつかずPK戦へ

ボカのホームで開催されたファーストレグの結果(アウェイのカピアタが0-1で勝利)を踏まえての、セカンドレグとなった。

スタジアムの中に入ると「カピアタって、こんなにファンがいるの?」と驚いた。

アウェイのゴール裏はボカのファンがビッチリ入っていて、それ以外のエリアもカピアタのチームカラーの黄色と青を身に纏ったパラグアイ人がいっぱいいた。

おそらく、カピアタのファンだけでなく、新興の小クラブの快進撃を見届けようと、普段はパラグアイの別クラブを応援している、もしくは特定の応援チームを持たないパラグアイ人たちもスタジアムに来ていたと思われるが25,000人以上のキャパを持つスタジアムが超満員だった。

試合が始まった。

準々決勝のためには、アウェイのパラグアイでの勝利が絶対に必要なボカと、歴史と予算規模で圧倒的に大きいクラブを相手にどんな形であれ準決勝へ勝ち進みたいカピエタ。

FCバルセロナのティキ・タカのようなスペクタクルはないが、気持ちと気持ちのぶつかり合いが感じられた。

65分。カピアタの選手がレッドカードで退場になり、数的不利となった。

それでも、引き分けでも準決勝進出が決まるカピエタはボカの猛攻を必死に耐えていた。

しかし、74分、ボカのジョナサン・カレッリがゴールを決め2試合合計で1-1の同点となった。

その後試合は延長戦に突入するも決着がつかずPK戦に突入した。

そして、PKの結果、デポルティーボ・カピアタはアルゼンチンのメガクラブであるボカに敗れ、パラグアイの小さな新興クラブの快進撃は終わりを迎えることとなった。

ボール保有率はボカが圧倒的に大きく、全体的にはボカが押している試合だった。
そんな中でも、必死に踏ん張るカピアタの姿は感動的だった。
試合終了後、スタジアムからはカピアタの選手たちの健闘を称える拍手が鳴り響いた。

止めて蹴る。綺麗なパス回しだけがサッカーじゃない。
強い気持ちや球際での強さなどもサッカーの見どころとして成立すると感じさせれた試合だった。

試合の翌日。

その試合の実況をしたアルゼンチン人のバンビーノ・ポンスと話をしながら、バスへの投石事件のことを思い出した。

石を投げた青年は、どうなったのだろうか。
石を投げられたバスは、ボカのファンを乗せてアルゼンチンまで無事帰れたのだろうか。

そんなことを考えていると、取引先の人に「一緒に写真を撮ったらどうか」と促された。
そして、バンビーノ・ポンスと一緒に写真を撮ってもらった。

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