オラシオ・エリソンド
2009年のある日、勤務先でウルグアイにある取引先の担当を引き継ぐことになった。
ウルグアイといえば、サッカー大国だ。取引先にもサッカー好きが多いだろう。そう考えた自分は、業務メールの中に時おりサッカーの話題を差し込んで、自らがサッカー好きであることをPRしていた。
そうこうしているうちに、はじめてのウルグアイ出張の機会が訪れた。
ウルグアイのカラスコ国際空港から首都モンテビデオにあるホテル、フォー・ポインツ・バイ・シェラトン・モンテビデオ(現在は閉業)にチェックインをした。少し古いホテルだが、部屋は広く快適に過ごせる。
そんな自分はホテルを散策することにし、2階にある大広間の入り口あたりに立っていた人を見かけた時に、「どこかで見たことがある顔だな」と思った。そして、その直後心の中でこう思った。
この人は、オラシオ・エリソンドだ。
以前、日本で放送されたドキュメンタリー番組で、アルゼンチンからひとり選ばれるワールドカップで笛を吹く審判員の座を目指して、日々競いながら精進する二人の審判員のドキュメンタリーを見たことがあった。
その番組に登場する、二人の審判員のひとりがオラシオ・エリソンドだった。
「すいません。あなたは、オラシオ・エリソンドさんですか?」と質問すればよかったのだろうが、恥ずかしくてできなかった。
人ちがいかもしれない、と思ったが、大広間の入り口に「コンメボル(南米サッカー協会)審判員会議」的な案内表示がされていたらから、彼はオラシオ・エリソンドで間違い無い。
アルゼンチン人審判の知識がある日本人に顧客は驚いた
その後、打ち合わせのためウルグアイの取引先を訪問した。ウルグアイの取引先にとって、自分は新しい担当者で、初めてウルグアイの取引先の会社を訪れている、という状況だ。
その打ち合わせの冒頭の雑談で、自分は、取引先の重役や取引先たちに「泊まっているホテルに、アルゼンチン人審判のオラシオ・エリソンド氏がいました」と言った。
すると、重役を含めた取引先一同は驚いた。「サッカーが好きだとは知っていたが、審判のことまで知っているのか?」
自分は答えた。「いえ、審判については詳しくないです。ただ、何年か前に、ワールドカップへのアルゼンチンからの派遣枠を争う審判のドキュメンタリーが日本で放送されていて、そこにオラシオ・エリソンド氏が出ていたことを覚えていたんです」
「それにしたって」と取引先重役は行った。「日本人が、南米の審判員の名前をおぼえているなんて驚きだ。多くの日本人は南米のことを知らない人が多い。南米のことを知っている日本人がいたとしても、有名選手を知っているとか、有名クラブを知っているという程度だろう。だが、君は審判のことまで知っている。それは、普通じゃない」
「いえいえ。たまたまです」と自分は答えた。「しかし何はともあれ、自分は中南米が好きです。サッカーが好きになったあと、多くの日本人と同じくスペインサッカーに興味を持ち、スペインも好きになりましたが、中南米がサッカーが強いことももちろん知っていたので、中南米のサッカーにも興味を持ち、その後、サッカーのみならず中南米の国そのもの、文化にも興味を持つようになりました。そういうなかで、有名サッカー選手以外のこと、それこそ審判のことも知りたいと思ったのかもしれません」
「それは素晴らしいことだ」と取引先の重役は言った。
この出来事から、取引先の自分の目を見る目が変わったと自分は思っている。具体的に言うと「スペイン語を語学として勉強していたものの、中南米のことをあまり知らない日本人」という印象から「中南米の文化に興味があり、中南米の実情をしっかり見て考えることができるやつだ」という見られ方になった。
ジダンの頭突きにレッドカードを出した主審
ちなみに、オラシオ・エリソンドは2006年のドイツワールドカップで、フランス代表のジダンが、イタリア代表のマテラッツィに頭突きをした際レッドカードを出した審判だ。
下にあるのは、ジダンにレッドカードを出す決断に至るまでの経緯を、オラシオ・エリソンドがイベントで語っている動画だ。
<<オラシオ・エリソンド氏が語るジダン退場を決めた理由 要旨>>
30〜40メートル先でマテラッツィが倒れているのが見えたんだ。そして思った。「いったい、何が起こったんだ?」
すぐに、アシスタント・レフリーのふたりと交信をした。「ダリオ、ロドルフォ(アシスタント・レフリーの名前)。何か見たか?何が起こったんだ?」
するとアシスタント・レフリーは驚きながら答えた。「オラシオ。まったく何も見ていない。何か問題でもあったのか?」そのとき、守護天使が現れた。その天使はルイス・メディナ・カンタレホという名前で、スペインのセビージャ出身の第四の審判員だった。そのセビージャ人、そのスペイン人は言った。「(スペイン人の話し方の真似をしながら)オラシオ、オラシオ。俺は見たぞ。マテラッツィに対するひどい頭突きだ」
その圧倒的に気持ちのこもった第四主審の話を聞いて、私(オラシオ・エリソンド主審)は言ったんだ。「けど、ルイス。どのようにそれは起こったんだ?頭を強く押したとかそんな感じか?」
すると第四主審は叫んだ。「(スペイン人ふうに話しながら)これはマジでやばいぞ。マテラッツィの胸のあたりに向かってのやばい頭突きだ。後で君がホテルでこの映像を見たら信じられない気分になるぞ」
そのやり取りの後、私は一連の事件が起こった場所に向かった。何が起こったかという情報を得ていたから、ジダンを退場させるという決断を下したんだ。
コメント