森岡隆三『すべての瞬間を生きる』を読んでみた

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最初は購入を考えていなかった

正直に告白すると、購入するつもりはなかった。

1995年から2006年にかけ清水エスパルスで活躍した森岡隆三さんの著書『すべての瞬間を生きる』が、今年2022年6月初旬に刊行されたことは知っていた。

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清水エスパルスが創設以来、静岡県出身者として清水エスパルスを応援し続けてきた、清水サポーターの自分。

森岡さんが清水の主軸としてプレーしていた時代、特に、1999年のJリーグ・セカンドステージ優勝決定の瞬間を日産スタジアムで見届けたりと(磐田とのチャンピオンシップはチケットが入手できなかった)強い清水エスパルスを見ていた世代の自分。

そんな人間としては、発売直後にこの本を購入すべきだったのだろう。

しかしながら、自分は購入を渋った。

「森岡は好きな選手だったけど、とはいえ20年前の話を今読むものなあ」と考え、本の購入は考えていなかった。

担当編集者のことばで購入を決意

そんなある日、徳間書店 学芸編集部・編集企画室のTwitterアカウントから、突然自分のTwitter投稿にいいねをもらい、更にフォローまでされた。

なぜ徳間書店のTwitterが自分をフォローするのかと思い、徳間書店のアカウントを確認すると、理由がわかった

徳間書店は森岡さんの著書を発行した出版社だった。

Twitterのアプローチが営業活動の一環であることは、もちろん理解できた。

とはいえ、それでも本を買おうとは思わなかった。

けれど、徳間書店Twitterアカウントのリンクから森岡さんの本についての情報ページが目についたので、それを見てみることにした。

(徳間書店の森岡隆三 著『すべての瞬間を生きる』に関するニュースページ)

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すると上述ページの最後の方に、以下のような文章があった。

担当編集より

静岡の高校サッカー部でボールを追いかけていたころ「ついに日本にも、 駆け引き、 フィード、 スライディング能力を併せ持ったディフェンダーが現れたんだ」と思ったことを覚えています。その後も、 2000年のアジア杯で優勝し、 著者が優勝カップを掲げたシーンは、 日本サッカーのレベルが引き上がる姿と重なって見えました。

シドニー五輪でも主将としてチームを牽引し、 迎えた2002年、 自国開催のW杯。 キャプテンマークを巻いて開幕戦に出場するも、 負傷によって後半に交代。

第2戦のロシア戦で「あれ、 スタメンじゃない。どうしたんだろう?」と思いつつも、 日本中を包み込んだ熱狂の渦の中で、 記憶の片隅に追いやられていました。しかし、 その後もずっと心の片隅で気になっていました。

あの日、 あの時、 何があったのか。 そして、 人生にどんな影響があったのか。

徳間書店HPより引用

これを読んで、自分も同じ疑問を抱えていたことを思い出した。

大学卒業が迫っているのに就職活動もせず、2002年のワールドカップの試合をスカパーで見まくっていたあの頃の自分。

森岡がお気に入りの選手だったあの頃の自分。

そんな自分も、2002年ワールドカップの初戦以降、「どうして森岡が試合に出ないんだ」と不思議に思っていたことを思い出した

そうすると、森岡さんが書いた著者コメントが心に引っ掛かるようになった。

著者コメント

2002年からもう20年が経つのかーー。書籍のお話をいただいたとき、 いちばんに思いました。 同時に、 とっくに賞味期限が切れている私の言葉が、 読者のみなさんに伝わるのかという思いもありました。

しかし、 「森岡さんのリアルな体験や経験を、 そのときの率直な感情を踏まえて書いてほしい」と話す、 編集者の方の言葉と熱い想いで、 本書の出版を決めました。

あらためて自分の人生を振り返る作業は、 ちょっとしたタイムスリップであり、 旅であり、 今思えば当時の苦しかった思い出さえ、 懐かしく、 愛おしく感じました。

上記のコメントを読んで、(少々ロマンティックな表現だが)森岡さんのタイムスリップや旅を眺めてみようかな、と思った。

また、自分と同じく静岡県でサッカーをやっていた編集者が担当した本を読んでみるのもいいんじゃないかと思った。

 

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そういうわけで、徳間書店Twitterの営業活動にまんまとハマる形にはなったが、担当編集の言葉をきっかけに、森岡隆三著『すべての瞬間を生きる』の書籍版を購入した。

全編興味深い内容の本だが、特に自分が興味を持って読んだのは以下の部分だ。

第3章 王国の教え

この章で森岡さんは、アルディレス及びペリマン時代の清水エスパルスを振り返る。

自分は清水エスパルスのサポーターであるため、清水に関する記述のところにより強い興味がいくのは当然なのだろう。

しかしながら、アルディレスとぺリマンが清水を指揮していた当時、テレビやスタジアムで試合を見るだけだった自分が、アルディレスとペリマンの練習がどうだったか、そしてアルディレスやペリマンがどのようなスタンスで選手たちと向き合っていたのかを、選手の視点から知れるのは興味深かった。

特に、アルディレスが、どのような言葉や伝え方を選び、それによってチームがどう変化していったかを知ることができたのはとても興味深く、また自分の人生にも応用できると感じた。

例えばアルディレス時代の清水を振り返る中で以下のような記述がある。

トレーニング内容だけでなく、発する言葉も新鮮だった。

練習中にオジー(アルディレス)が発する言葉は、チームとしての良いプレー、悪いプレーの基準を明確にした。それは、選手のプレーの整理につながりつつ、選手の自信にもなった。そしてオジーのサッカー哲学がチームの文化として浸透していった。

オジーは最初のパスワークから、選手すべてのボールタッチをチェックし、「グッドタッチ」「バッドタッチ」と、コーチングというより感想を口に出す感じで、ボールタッチの「良し悪し」の基準をチームに落とし込む。

(中略)

ミスに対しての考え方も新鮮だった。たとえば、パスワークのトレーニングでパスが少しずれてしまったら、「集中しろ!」と指摘する指導者が多いだろう。

しかしオジーは、ミスした選手を叱責したり非難したりするのでなく、そのミスをカバーした選手に対してこう声をかけた。

「Good Recovery モリオカさん、That’s it!」

そうやってミスをカバーした選手に対して、「それだよ!」と褒めるのだ。

ミスをしたとしても、味方がそれをカバーするのが大事だということ、もっといえば、チャレンジしてのミスは問題ないということだ。

そうなると選手はミスを恐れずチャレンジするようになる。そして同時に、思い切りプレーしても、味方がカバーしてくれるという心理的安全性が生まれた。

ピッチ上でチャレンジが推奨される空気が生まれ、どんどんパスの質が上がっていって、積極性の連鎖が生まれていった。

同時にカバーリングが推奨されるわけだから、誰もがチームのために走り、プレーする、そんな献身性を身につけていった。

森岡隆三著『すべての瞬間を生きる』72-73ページから引用

あることを他人に伝えたり、他人に要求したり場合、同じことを伝えるにも言い方や伝え方で、相手の受け取り方は異なってくる。

サッカーのみならず、本を読んでいる自分も、伝え方、言葉の選び方を変えるだけで、何かの変化が起こるかもしれないと感じさせる事例だった。

上述の例のように、この章ではアルディレスとぺリマンの伝え方がいかに森岡さんや当時の清水の選手に響き、それがどうチームを良い方向に変えていったかなどの記述が散りばめられていて興味深かった。

第4章 パラグアイでの洗礼

この章では1999年にパラグアイで開催されたコパアメリカに日本が招待された際の体験などが綴られている。

コパアメリカなど歴史と伝統のある大会では、南米のチームの強さがキリンカップなど親善試合で対戦する際などと全く異なる様子が以下の例のように描かれ興味深い。

その前日、成田での練習のことだ。練習後、選手をセンターサークルに集めたトルシエ監督が、突如、こう叫んだ。

「本気で勝ちたいヤツはこっちへ来い!」

(中略)

「何が始まったんだ?」

と選手たちはザワついた。監督の危機迫る様子に戸惑いながらも、私も苦笑しながらラインを超えたことを覚えている。

しかし、このときのトルシエ監督の思いに気づいたのは、大会が終わってからだ。

(中略)

ペルーとの初戦、3バックの右センターバックとして先発出場した。ペルーは3週間前にキリンカップで戦ったチームとは全く別だった。日本で戦ったときと、ほとんどメンバーは変わっていなかったはずだが、圧倒的に迫力が違うチームだった。

同著109-110ページから抜粋

このように、森岡さんのいくつもの体験談から、真剣勝負の場がいかに大切で、重たい舞台なのかということを、読者も感じることができる。

更にこのような記述もある。

また、球際での激しさはもちろん、体の当て方や手の使い方など、至るところに彼らのうまさを感じた。

同著 111ページより抜粋

鄭大世が清水エスパルスに所属していたころ、球際への意識の大切さを説いていた。

海外では止めて蹴ると同じように、球際で戦えるかというのも重要な一つの要素として捉えられている旨を、鄭大世が繰り返し説いていたことを、清水エスパルスサポーターの自分は覚えている。

その鄭大世の話を聞いた、清水の選手やサポーターは、頭では球際の大切さを理解はしただろう。

しかしながら球際で戦えることの重要性や、世界で戦うための球際とはこういうレベルなんだ、というのは、実際に、球際で戦っている海外サッカーを近くで見たり、感じたりしないと、実感としてわからないところがあると、個人的に思う。

少なくとも、自分はわからなかった。

自分の場合、アルゼンチンのボカ・ジュニオルスの本拠地ボンボネーラのバックスタンド一階、ピッチのすぐ横、自分のすぐ目の前、金網の向こうで選手たちがプレーをしているという場所で試合を見たときの経験が強烈で、そこで初めてJリーグと海外の球際の強さのちがいに気づいた。

(写真:ボンボネーラにて筆者撮影  1枚目中央手前の選手はリケルメ 2枚目の写真は1枚目とは別の年の別の試合だが、ピッチ近くで球際を感じた)

Jリーグも何試合もスタジアムで見ていたけれど、アルゼンチンで見た球際への意識は桁違いだった。

選手たちが競り合う際に体同士がぶつかる音と、その際の息づかい。

そして、その球際への戦いに勇敢に挑んだ選手を高く評価するスタジアム中からの拍手。

日本でみた球際の戦いとは別次元だった。

そして、そんな激しい球際の勝負を挑んでくる選手が多い中、ときに、相手の当たりを受け止め、時にいなすフアン・ロマン・リケルメなどの存在感に感心させられた記憶がある。

上述の記述、またこのコパアメリカの体験が綴られた第3章以外の章でも、実際に海外の代表チームとの真剣勝負を体験しないと実感できないことや、そこで初めて気づいた日本との違いなどを、森岡さんは書籍のなかで言語化してくれており、とても有意義だと思う。

第7章 閃光の2002年

この章では、自分の一番知りたかった、2002年のワールドカップで何があったのか、どういう背景で森岡さんが試合に絡まなくなったのかが記載されている。

その内容を説明するのは差し控えるが、2002年ワールドカップの日本代表の初戦で森岡さんに何が起こったのか、そしてそれ以降どうなったかを、必要以上にドラマティックにせず、事実や体験が冷静に記述されている。

2002年当時の自分が感じた疑問がとけるとともに、色々なことが重なり大舞台で活躍しきれなかった無念さなどを感じることができる。

そして、2002年に「なんで森岡が出ないんだ」と疑問に思っていた謎が解けて自分的に興味深かった。

読書の「コスパの良さ」

上述の章以外でも、森岡さんが学んだことや、感じたこと、高い舞台に立って見える景色、また挫折の痛みや、失意の森岡さんがどのような過程で再生していくのかが綴られている。

人生うまくいかない時期や、思い通りにいかない時期は誰にでもあるだろうが、そこから再生していく人の実体験を読むことができるのは有意義だと思った。

この本を通じ、森岡さんが見たり聞いたり感じたことを追体験できたり、そこから何かを学ことができる。

横浜のエリートではなかったサッカー少年が、日本代表になり、世界のチームと戦い、そこで挫折をし、けれどそこから再生をしていく。

そういう、自分ではなかなか体験できず、知ることができない話を効率良く知ることができるという意味で、読書とはある意味で「コスパが良い行為」だなと再認識した。

もちろん、読書はコスパの良さを求めてすることではないのだろう。

けれど、スマホやパソコンなどで無料のネット記事などを読むことに慣れてしまっている今、あえてお金を出して本を手に取り、それを読むことは、ネット記事を読むのとは別の趣があると感じた。

ネット記事でも良い情報がある。

しかし、より濃く、正確でお金を払った甲斐があるものにしようと多くの人が関わって制作された一冊の本には、ネット記事とは別の濃度や熱量、多くのものが詰まっていて、それを、あちこち検索することなく、一度に読むことができるのは、今ふうに言うとコスパがいいし、そういう表現を使わなくても、本を読むのもいいもんだな、と再認識できた一冊だった。

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